HISTORY

この場所が「岡本邸」と呼ばれていたのは明日香スタンドが完成する少し前までのこと。
岡本邸は江戸時代から大正時代まで、精米を商いとしていました。
当時、このあたりを治めていた高取藩主・植村候の御用米である「細川米」も、2mを超
える大きな水車と飛鳥石でできた石臼を使って岡本邸で精米をしていました。
また植村候自身も岡本邸でしばしば休憩をしたという記述が書物に残っており、岡本邸に
ある「見晴亭」という場所から橘寺への眺望を楽しんでいたそうです。


その後時代は移り変わり、明治時代。
有名な国文学者・民俗学者である「折口信夫」もまたこの岡本邸に関係のある人物でした。
そのルーツは折口信夫の祖父、造酒之介(みきのすけ)。
造酒之介は岡本家の八男として生まれましたが、折口家の養子として迎えられ明治20年
に造酒之介の孫として折口信夫が誕生しました。
そのため、折口信夫も元を辿れば岡本家の血筋なのです。

折口信夫は幼少期から祖父である造酒之介と共に明日香へ来る機会が多く馴染み深かった
ことから、造酒之介没後も何度か明日香に訪れていたそうです。


時代は更に戦後の昭和時代。
その時は既に岡本邸は精米から貝ボタンの商売に移行していました。

元々水車があった場所に貝ボタン工場を構えており、当時は門屋の二階に女中が住み込み
で働くほど華やかでした。
また年に一度全従業員で岡本邸の井戸を掃除したり、年末年始には近隣住民の方々とお餅
をついてみんなで食べたりと、それはそれは賑やかな日々を送っていました。

しかし、ボタン製造の事業拡大をしていく中で後継者は既に村外へ出ていたため、岡本邸
は空き家となってしまいました。


そして現代。
長い間手を入れていなかった岡本邸を何とか活用すべく、家主さんと明日香村商工会とで
話し合いを進め、明日香村商工会青年部の一部のメンバーが立ち上がり岡本邸プロジェク
トをスタートさせました。

本格的に始動したのは2023年4月。
岡本邸プロジェクトのキックオフミーティングから始まり地元の方へのヒアリング、他府
県への視察、イベント、改修など様々なことを経て進めてきました。
そして色んな想いが交錯する中で模索し、対話を重ね、やっとみんなの目指す形が見え
長かったようで短い岡本邸プロジェクトが一つの区切りを迎えました。

そんな数々の歴史を歩んだ今、岡本邸が新たに生まれ変わろうとしています。
「ゴールではなくスタート。これまでの歴史を大切にしながら、これからの歴史を皆さん
と共に歩んでいきたい。」
そうプロジェクトメンバー一同願っています。

新しい明日香の未来を創る「明日香スタンド」を、これからどうぞよろしくお願いいたします。